いのち、たいせつに

 の半年間ほどの苦痛からようやく解放されたようなので、備忘のために。

 続きには全く面白くもない記述の羅列があります。また右の写真には、白昼堂々信号無視してるオッサンが写っていますが、本記事の当事者とは全く関係ありません。

 本記事のタイトルについては、写真を提示するまでもなく、こんな単純なことも分からない人種が多すぎるので、あえてひらがなで記述してみた次第。

・昨年の12月某日、早朝5時過ぎ。まだ真っ暗な中、大阪市内某所の一般道をボチボチ走ってましたら、赤信号のはずの横断歩道を、年配の男性が乗る自転車が出し抜けに飛び出してきたんです! ブレーキとハンドル操作で何とかというとっさの行動も及ばず、左前部で数mほどはね飛ばしてしまいました。
・瞬間「殺したな」と思いながら
「おっちゃん大丈夫か?!」
『(うずくまりながら)おう、大したことないない』
「いま救急車呼ぶから、そのままにしときや!」
『んなもん、呼ばんでええわ!』
「なんでやねん、おっちゃん起きてこられへんやろ、じっとしときや!」
『いらんて言うてるのに』
「っていうかおっちゃん、信号ちゃんと守ってくれやなあかんやん」
『信号なんか見てへんわ』
・一瞬殺意すら覚えましたが、まぁ仮にその場で蹴飛ばしたところでどうなるわけでもなく。何より生きてて意識もあったので少しヤレヤレ。もちろんすぐ救急車を呼びましたが、電話の相手はモタモタ・トロトロ、あきませんでしたねぇ。ごちゃごちゃ言わんとすぐ来てや! って言うてしまいました。もちろんそのすぐあとに警察にも連絡を。
・相前後して、僕の後ろを走ってた車の運転手さんが降りてきて『にぃちゃん、こっちは完全に青(信号)やったなぁ』って。ありがとうございます! っとお名前と電話番号を尋ねたら、快く教えて下さいました。心強かったですねぇ。
・ほどなくして救急車とお巡りさんたちが到着。乗りたくないとかなんとか、すったもんだで救急車は30分くらいいてましたねぇ。
・その間僕はお巡りさんから事情聴取。なんやかんやで解放されたのは3時間以上あとだったような。
・どうしようかと思いましたが、やっぱり行っといた方がいいだろうと、結構派手に凹んだ車で搬送先の病院へ。受付で『加害者ですか』なんて言われたんで「加害者ではありません、関係者です」と言ってしまいました。その後直接会えて話もできましたが、引き続き検査があるとかでバタバタでしたので、また夕方に来ると言い残していったん引き上げることに。
・その後こちらで加入してる保険会社に事情を説明したら、今回のケースでは人身部分については基本的に対人保険は適用されず、相手側が自賠責に請求することになる。また物損についての過失割合は過去の判例では25:75である、と。さらにその割合について争うこともできますがどうしますかと言われたが、面倒ごとは一刻も早く終わらせたかったので、それで進めていただくようお願いした(弁護費用の特約ももちろん付けてますけど)。
・夕方、もう一度病院へ行ってみたら『当院では対処できないので転院されました。個人情報の絡みで転院先はお話しできません』って。まぁ事情は十分理解できるので、扱いの警察署へ。
・警察署では、ようやく連絡が取れたという相手のご家族がいらっしゃって、何とか連絡先交換、転院先も判明。もっとも、転院先が言えないなんて言われた時点で、その先へ行くつもりは全くありませんでしたが。
・担当のお巡りさんからは、『けがの度合いによっては、また後日来てもらわないといけない』と。度合いってったって、どう見てもかすり傷では済まない状況でしたから、まぁ腹をくくってましたけど。
・翌日、いつもお世話になってるディーラーへ。年末の忙しいときに代車生活です。(結局、あんまりきれいとは言いがたいその代車で年越しする羽目に)
・年が明けて1月下旬の某日、担当のお巡りさんから『話を聞きたい』との電話。なんでも相手は全治6〜3ヶ月とかで、あーぁ、とうとう来たか。形式上は任意ということなんでしょう、こちらの都合に合わせて予定してもらえました。
・2月某日、警察署へ。話を聞く = 供述証書を作成する、ということはネットの情報で分かってましたので、そのつもりで。もちろん詳細は割愛します(というか、だいぶ忘れた)が、まぁ面倒なものでしたねぇ。事を荒立てるつもりは毛頭ありませんでしたので大筋では受け入れましたが、それでも時には「そんな供述してません」なんてことも申し出たりして。そもそもどこで生まれて誰と結婚して離婚したとか、年収ナンボとか関係ないでしょ!
・朝からはじめて夕方までかかってようやく完了、『上司にハンコもらってから検察庁に書類を上げます。2ヶ月経って何もなければそれで終わりですが、その間にもし何か連絡があればそれに従って下さい』とのことで、これで晴れて『書類送検』される立場に。
・何もなく終わったのかなと思ってた4月の初め、残念ながら検察庁から『話を聞きたい』との電話。これも、日時はこちらの都合に合わせてくれましたけど。
・4月中旬、保険証書その他各種書類を自主的に用意して、いざ検察庁へ。過去に仕事では行ったことありますが、さすがにこの立場で行ったことはなく、どうなることやら全く想像もできない状態でしたが、警察署での一日に比べればずいぶんマシなものでした。今から考えたら、こちらの人物確認みたいなものだったのかも知れません。それでも、調書のようなものをまた作成されました。
・そして、ここでもまた『2ヶ月経って何もなければ、これで終わったと思っていただいて結構です。その間にもし連絡があれば、その指示に従って下さい』と。せやけど次の連絡って裁判所からでしょ、かなわんなー…それに、刑事責任もそうですけど、行政処分がまたかないません。そもそもあっちが信号無視して出てきたのに、何でこんな目に遭わなならんの…(なんて、心で思ってても顔には決して出しませんでしたが)
・と思いながら過ごした2ヶ月あまり、幸い何の連絡もなかったので無事これで無罪放免、ということになったようでヤレヤレ。

 ダラダラ羅列しましたけど、まーしかしホント信号は守って下さいよ! 痛い目に遭ったり命を落としたりするのはご自分ですよ!! って声を大にして言いたいですね。子どもじゃないんですから、お願いしますよ。

コメント(10)

お疲れ様でした。しばらく大変でしたね。
飛び出されたらどうしようもないですね。
直後の対応が素晴らしい。
そのおかげでこの結果で済んだのかなと思います。
軽い物損でも執行猶予付きの有罪と言う方も居ました。
お話し、とても勉強になりました。

いやいや大変でしたねぇ。私も体験があります。6年前に幼稚園の前で駐車違反の車の列の間から小学2年生がダッシュで飛び出し、車の前を横切ったんですわ。

ブレーキとハンドルで避けられたんですが、歩道と車道の段差に足をひっかけて自ら転倒。ひざの打撲で立てなくなったのか歩道の上で泣き喚き状態。

これも見てた人がいて『あんたの問題ちゃうで』とは云うてくれたけど、その人以外の野次馬連は私の車が引っ掛けたように見えたらしくて110番された。

放置したら余計面倒になるので現場で待機。杉山さんと一緒で事情聴取、実況検分、子供の治療、親への説明などなどで丸一日つぶれましたわ。

幸い証言者が子供の住まいの近くの人で親へも警察へも詳しく説明してくれはったので、無罪放免にはなりましたが、ほんま人生 何が起きるかわかりまへんな。

これには後日談がありまして、お迎え車による駐車違反の車の列が、この事故?もどきの翌週から綺麗に無くなったんです。不思議に思って自損当事者の母親に聞いたら幼稚園の経営者が警察から呼び出され、駐車違反の車を無くすよう厳重注意されたのでガードマンを雇って車の整理、駐車場への誘導を始めたとのことでした。

少しは人の役に立ったんかも。Hi Hi

小出さん : 初めまして! (ですよね?) 暗闇の中、信号無視されたんではたまりません。ホント目撃された方がいらっしゃって、そして名乗り出て下さって良かったです。

 自分で書いたものをあとで読み返してみましたら、まだまだ書き足りないことや「これはちょっと」というところもありますが…一連の経過の中で、基本的に「自分は悪いことしてないんだから」というようなそぶりは極力控えるようにしました。弁護士を立ててるわけでもないので、何がどうなるか分かりませんもんね…なんて油断してるところへ、ちょっと遅れて呼び出しがかからないことを祈るのみです(^^;

 山崎さん : それもまた大変でしたね。確かに駐車違反についても、もっと厳密に取り締まるべきと僕も思います。というか、取り締まりの有無にかかわらず迷惑にならないよう配慮して当然ですよね。我が家の近所でも、たとえば某郵便局や某ケーキ店の前の道などはホントひどいものです。どちらもちゃんとした駐車場がすぐそこにあるのに。いったいどういう神経してるんでしょうねぇ。

 あと子どもの予想外の行動についても、特に注意せねばなりませんね。そういうのを避けたいがために、日頃からできるだけ夜が明けるより前に移動を済ませるよう行動してるんですが、大の大人がこれではなにをか況んや…です。

アララ,この半年,大変でしたねぇ.

私は,自転車と車の交差点での事故を後ろから見ていた側が,一度だけありました.(一度で沢山ですわ)

>『にぃちゃん、こっちは完全に青(信号)やったなぁ』

自転車の子(高校生)は倒れたままで,救急車と警察に電話して,ってのを一度だけありましたよ.

おかげで参考人で何度も聞かれましたね.20代の頃でした.単身赴任中の出先からの帰り道でして,深夜の国道でライトに照らされて高く上がった自転車が今でも覚えています.

だから,読みながらドキドキしてしまった.

何はともあれ,一件落着で良かったですね.

交通安全。 ほんとに、ほんとに。

私自身、小1の時、横断歩道上でトラックに引っか
けられ20mほど引きずられて、半年近く入院。
何年かしてその横断歩道は無くなり、歩道橋ができた。

叔父:自転車に乗っていて、交差点での出会いがしら、
   一時停止しなかったトラックと衝突。
   そのまま帰らぬ人に。

女房の甥っ子:見とうしの良い横断歩道上、わき見
       運転の乗用車にはねられ永眠。

交通事故に関し、ほんと、つらい思いがあります。

澄川さん : そうだったんですね。いろいろ聞かれたとのことですが、面倒になって次からはごめんだ、ってならないことを祈ってます。何しろ今回の場合、『直接連絡を取ることはまかり成らぬ』とのことでしたので、僕からお礼を申し上げる機会はありませんでした。まぁ僕が逆の立場なら、素通りしてたかも…でも今回の経験があったので、やっぱりできる限り運転手の側にたつかな。あと今回の場合、たまたますぐ近くにあったコンビニの防犯カメラに、赤信号を無視して渡る自転車が写ってたらしいのも幸いしました。(もちろん僕には見せてもらえませんでしたが) それにしても…衝突する瞬間は今でも鮮明に記憶してまして、時々夢に出てきます。勘弁して欲しいですよマジで…

 下間さん : そんなにつらい過去があったとは…ホントお察し申し上げます。下間さんご自身についても、20mも引きずられてよく助かったものですね。運転手の不注意、これは撲滅せねばならないのですがなかなかですよね。僕も常日頃から、信号を守ることはもちろんのこと、「交差点での信号待ちは、できるだけ車道から離れて」「青信号でも決して油断せず左右を常に注視」「運転手は基本バカばっかり」などと子供たちに口酸っぱく言ってます。歩行者や自転車が車と勝負して勝てるはずありませんもんね…

私自身の事故、あまり詳しくは記憶に残っていないんです。
なにせ小1です。
我が家から小学校への通学路にある今里筋を渡る横断歩道が現場。
友人の家へ遊びに行っての帰り道、夕刻でしたが日は落ちてなかった。
横断歩道の手前で、何人かの大人の人に混ざって、車が途切れるのを
待っていて(横断歩道の南北に信号があるので)・・・

記憶はそこまで。
気が付いたら病院のベッド。
2日ほど意識不明だったと。
大きなのが左足大腿骨骨折。
カラダのあちこちに傷。 包帯でグルグル巻き。
今のように医療は進んでません。
ギブスをして骨が固まるのを待つという治療。
腹部をベッドに固定して左足を吊すという状態が3ヵ月くらい。
傷口の包帯交換(痛い!)と、ギブスを外してからのリハビリがつらかった。

しかし、頭部は無事だったんで、今の私があるという
ことなんでしょね。

本当に、命あってのことでしたね。そして記憶も含めてあまり残らなかったことも。
 「運」の一言で片付けてしまっていいものかどうか。気をつけていてもどうしようもないこともあり、かといって交通量が少ないところはまた別の問題もあって。
 有効な解決策の一つとして、自動運転が早く実用化されればなと思います。

うちの天六は命知らずの自転車多すぎます。
先日の雨、無謀なチャリンコが信号無視で、バスの前に飛び出し、バスは急停車したものの、転倒者多数で救急車が何台もくることに。
その自転車、バスと接触し転倒したけど、そのまま逃走したみたいです。

私は、通勤自転車ですが、これでもかーというぐらいの安全確認しています。

それもまたひどい話ですなぁ。完全な当て逃げ事案ですやん。

 信号無視して出てきた者は、遮断機の下りた踏切に進入してきたと同等の扱いにしてもええんやないか、と思ってしまいます。たかが数十秒を惜しんだせいで、自分の命を粗末にするだけでなく、どれだけ周囲に迷惑をかけるか、をよく考えてもらいたいものですな。

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この記事について

このページは、ji3kdhが2016年7月 1日(金) 23:08に書いた記事です。

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