JR福知山線脱線事故

 このような想像を絶する、とんでもない事故に遭われた皆さまに、心よりお見舞い申し上げます。

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同志社大学のHPを見てみたら、2人の学生の死を悼む学長の言葉がありました。1年生と2年生の女子でした。

 1年生といえばついこの間に入学したばかりです。わが息子と同年やないですか。(わが子は違う学校ですけど)

おふたりのご両親の心の痛みをしみじみと感じます。

1年生の子については、これまた、わたしと同じ専攻の学生でした。

 見知らぬ後輩なんだけど、なんだか思わず涙が出てきました。

本当に、相変わらず暗澹たる気持ちでいます。自分のような者が考え込んだところで、どうなるわけでもないのですが。いろいろな方々のインタビュー、例えば初期救助に駆けつけた近隣の男性の「若い方がたくさん被害に遭われて」という涙ながらのお話し、などを拝見するたびに、どうしようもない思いに陥ってしまいます。また、模型を作って小さいカメラで実際に近い視点から見てみましょうなんて無神経な番組などは、小生にはとても正視できないです。

 まさにこの日の朝「あの高知の事故、何が原因やったんやろなぁ」と話していたとこでした。本当に、過去を教訓にしていないといいますか、このままでは犠牲になった方々が到底浮かばれません。数分の遅れがこのような大惨事を招いたとすれば…

 今、まだ何をどうかいて良いやら分かりません。

その昔、こんな標語がありました。

「せまい日本、そんなに急いでどこにいく」

わずか数分の競争のための犠牲としては大きすぎます。

ここ数年、安全を最優先すべき企業の、このような事故が多すぎるように思います。

建前は安全最優先などといってるようですけど、いかにコストを切り詰めるか?を

最優先している結果じゃなかろうかと。

「便利であるはずのもの」が間違った使用方法をされることで「凶器」になると考えると

1人の機械屋として悲しいです。

あと、報道関係の方々にいいたい。

事実を伝えることはいいとしても、その事実への伏線といわんばかりに

関係のないことまで垂れ流すのは疑問。

犠牲者の家などに、「取材」と称して土足で踏み込むような行為など、論外。

そっとしておいてあげてくださいよ。

すみません、文章がむちゃくちゃですわ...

いや、むちゃくちゃな文章になってしまってでも言いたい、というお気持ちは、その内容も含めて大変よく分かりますし、全く同じ思いです。こんな内容、よぅok出したなってのが頻繁に見受けられますよね。正視できないシーン多すぎです。

 信楽高原鉄道の遺族の皆さんが口を揃えて「経験が生かされていない」「死が無駄になった」とおっしゃったインタビューを拝見し、改めて無念さがこみ上げてきました。

 完全に人災・殺人だということを、果たして経営陣がどれだけ分かっているかです。分かったところで事故がなかったことになるわけでは決してないんですが。

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この記事について

このページは、ji3kdhが2005年4月25日(月) 17:44に書いた記事です。

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